BlackEyePatch

BlackEyePatch: Graffiti Writer "TORU"
INTERVIEW

ただ描き続けたいだけなんだと気づいた

ある時、沖縄県でちょっとした話題になっている噂話があった。

何やら、某国からの船が漂流し、宮古島の沖合で座礁船になっているらしい。漁船とおぼしき船は横転した状態で流れ着き、浅瀬のサンゴ礁に引っかかって身動きが取れない状態にあるということだった。もちろん無人状態である。

実際に様子を見に行ってみると、宮古島の海に横たわりサンゴと海風に削られて3分の2ほどの大きさになっている漁船が海の中に存在している。あと数ヶ月もすれば、サンゴに削り取られて船体はバラバラになるだろう。

この廃船を前にした時、間もなく消えてしまうであろうモチーフに対してグラフィティーを施してみたらどうなるだろう?という好奇心が浮かんだ。それが今回のプロジェクトの発端である。

そんな最中、沖縄のグラフィティーシーンにおける最重要人物とBlackEyePatchの出会いがあった。グラフィティーライターであり、タトゥーアーティストとしても活動するTORUだ。「沖縄を象徴するグラフィティーライターは誰か?」という質問に対して、誰もが口にした名前がTORUだった。そんな事実からもシーンを象徴するアーティストであるということが理解できる。

今回のコラボレーション・プロジェクトに際し、TORUの初となるインタビューを実施。どのようにグラフィティーに出会い、活動してきたのか、BlackEyePatchとの対談形式でお届けする。



16歳で初めてスプレー缶を手にして

ーーグラフィティーとの出会いはいつ頃で、どんなきっかけからだったんですか?

「昔、沖縄の海沿いにはクイックやスローアップが描かれた壁があったんですよ。多分、米軍が描いたんでしょうね。それを見るのが子供の頃から好きだったんです。そういう絵が好きでCDにそういう絵があるのを買って集めて研究してました。それが、小学5年生くらいだったと思います」

ーーグラフィティーは大きく分けるとストリートカルチャーの1つになると思います。TORUさんはどちらが入口だったんですか?ストリートカルチャーを知るうちにグラフィティーに興味を持ったのか、グラフィティーを先に知ったのか

「そういう意味だとグラフィティーという言葉を知ったのは随分後になってからかもしれないです。ですけど、ストリートカルチャーから入ったというわけでもないんです。単純に立体的に描かれた文字などがデザインとして好きで、それが頭の中にずっと残っていたんですよ。高校1年生の時に、初めてスプレーで描いてからハマっていったんです」

ーーその頃は、ご自身のタグを描いたりしていたんですか?

「タグを付けるとかも知らなかったので、特に意味のないワードを描いていました。で、18歳の頃、AKIMという先輩のライターがいて壁でやり取りしていたんです。そのうちに、『何日何時に、この場所に来い』というメッセージがあって」

ーー壁にですか?

「壁に(笑)。」

ーーその時はまだ自分の名前が決まっていない状態、いわゆる先ほどの意味のないワード描いているところに、壁にメッセージがあったんですか?

「そうです。その時からもうレベルが全然違っていて。一体、何をされるんだろう……と思いながら行ったんですけど、優しい人で(笑)。それで交流が始まりグラフィティーのことを色々と教えてくれたんです」

ーーすごい出会いですね。もともとAKIMさんが活動されているのは知っていたんですか?

「ちゃんと認識していたわけではなくて、そこで自分がずっと描いていて、そこにAKIMさんが描き始めるようになって。でも出会うことはなくて、行ったら描かれていたり」

ーーそれは上からですか?

「横に。嬉しかったんですけど、向こうの方がうまいからちょっと悔しいんです(笑)。最初はそんな感じでした」

ーーその壁はどこにあったんですか?

「平安座の石油基地のところに一直線があって、そこの壁が結構でかくて、そこで最初描いてました」

ーー壁を通してAKIMさんとやりとりをして、実際に出会うまでの期間はどのくらいの期間があったんですか?

「1ヶ月くらいです」

ーーその壁にはお二人以外で描かれている人はいなかったんですか?

「いなかったですね。あと1人、自分の同級生もいたんですけど。それ以外はいなかったです」

ーーそれで、AKIMさんからグラフィティーの描き方を教えてもらう形になったわけですね

「そうですね。それで、自分にタグを付けるということを知って。先輩(AKIM)は、その頃すでに内地のライターと交流を持っていましたし、色んな情報を持っていたんです」

ーー最初のタグネームが誕生したのは、いつ頃だったんですか?

「2000年頃です。それ以前はラッパーの名前やスラングなどのワードを描いていました」

ーーAKIMさんと出会う前、缶の使い方はどうしていたんですか?例えば、キャップを変えるだとか

「わからなかったので純正のままでやっていました」

ーーそもそも、沖縄では、どうやってツールを手に入れていたんですか?

「当時はそういうショップがあったわけでもなく、売ってもいなかったですね。AKIMが自分で見つけたいい感じのものを教えてくれたりしていました。『KAZE MAGAZINE』のことも教わって、そこから情報を仕入れていました」



スローアップに熱中した時期を経てタトゥーへ

ーー最初のお話しにあった通り、沖縄は土地柄、グラフィティーが身近な存在で、それが何かを知らずに見る人も多いと思います。側から見ると特にピースが盛んな街でもあると思うのですが、TORUさん自身のテンション感はどうでしょう。2010年以降、どのようにグラフィティーに向き合ってきたんですか?

「一時期、スローアップがもう止められないっていう時期があったんですね。その時、仲が良かったカメラマンが何年か密着して写真を撮ってくれていて、そいつといるのも楽しいし、自分の作品写真をほぼ全部管理してくれていたんですよ。その時、『10年後にこれを開放する』って話をしていたんですが、その10年後が2024年なんですよね。話し合いもしたんですけど、今や彼も忙しくなっちゃっているのでどうなんだろう、と(笑)。自分も見たいんですけどね。そこにTORUとしてグラフィティーを表現してきたものが落とし込まれていると思います」

※上記の<10年後に開放する写真>の件を受けた会話が写真集『BlackEyePatch "YKD" PHOTO BOOK』を刊行するプロジェクトに繋がっていった。

ーー2010年代の作品ということですよね、見てみたいです。その頃、沖縄のグラフィティーシーンにはスローアップが多かったんですか?

「いや、少なかったです。それもあってだんだん面白くなくなっちゃって、ボムも減りタトゥーに集中するようになっていきました。その後、INAGUやPOSTOとかカッコいい若手が出てきたんです。なので、自分は約10年間、ライターとの繋がりがないんですよ」



NYのシーンからの影響

ーーちなみに、ピースが盛んな沖縄で活動していて、スローアップに着目したのはどういう理由があるんですか?

「当時、NYのAdekやKatsuの活動を見ていて、黒とシルバーのスローアップがカッコよくて、めっちゃやりたいって。その影響がデカいんだと思います」

ーーなぜ、NYのAdekやKatsuに注目するようになったんですか?

「その頃に、カメラマンと同い年の子と3人でNYに行ったことがあって、当時、精力的に動いていたのが彼らだったんです」

ーーじゃあ現地で見たわけですね。TORUさんがタグとスローアップを描いてきた理由が聞けてすごく腑に落ちました。NYのライターは以前からチェックしたりしていたんですか?

「見てはいました。というか、もともと好きなライターがNYに多いんです。BTMクルーやKRとか昔から活動している人も好きですね。あとはREVS。鉄板を切り抜いたものを溶接でくっつけたりしていて、それが今もずっと残っているんですよ。彼らは昔から好きですね」

ーーTORUさんがアクティブにグラフィティーを描いていたのは、何年くらいまでなんですか?

「2013、14年くらいですね。タグはずっとやっているんですけどスローアップとかはもうやらなくなっちゃいました」

ーーそれは、一緒に描く人が減ってきたからですか?

「それもあるんですが、タトゥーに集中しないとなって。当時、仲間とグラフィティーショップをやっていたんですけど、それもタトゥーをやりたいからという理由で抜けたんです」

ーーそのグラフィティーショップは何年頃にやっていたんですか?

「2007年からやっていました。スペースをみんなで借りて家賃を折半して。ボスがKWで、ROTO、KIRIN、AKIL、SVA、BEAVERと自分で運営して、グラフィティーデザインの洋服や、ちょっとしたグッズ、あとは半分のスペースをギャラリーにして、メンバーが個展をやったり、テーマを設けてグループ展を開催したりしていましたね」

ーー2007年頃、沖縄ではグラフィティーショップは何軒かあったんですか?

「いや、なかったです。さっき話した自分のボムを撮影してくれていたカメラマンがショップもやっていて、海外のグッズを仕入れて取り扱っていたくらいですね。それまで、自分たちが使う道具はネットで通販して仕入れていたんです。大阪のZENさんがスコッチを取り扱っていて、多分みんなそこで買っていたと思います」

ーーでは、これまでを振り返った時に、印象に残っている出来事や作品はありますか?

「浦添の58号線沿いなんですけど、今はめっちゃデカいビルがあって、そのルーフまで登って描こうとしたんですが、幅が50センチくらいしかないところを通って行こうとしたんです。その時、撮影しているカメラマンがフラッシュを焚いて前が見えなくなって落ちそうになったのが思い出深いです(笑)。描いたスローアップはもう残っていないんですけど」



DOPESACから学んだ“自由に絵を描く姿勢”

ーー世代感の話をさせていただきたいのですが、自分から見るとTORUさんの世代が出てきて以降、全国的にライターが増えた印象があるのですが、その辺りについてはどんな印象がありますか?

「きっと、子供の頃からスケボーやTシャツの上にグラフィティーっぽいデザインを見ていて、それが高校生くらいになってグラフィティーなんだってことを知り、始めるきっかけに繋がっていったんじゃないですかね」

ーーその時期、全国のライターが沖縄にやって来たんじゃないかと思うんですが、いわゆるスポットはあったんですか?

「ありました。昔、北谷に大きな壁があって、そこに描くことが多かったです。イリーガルだったんですけど、黙認状態でした。グラフィティーを見にくる観光客もいたので、特に何も言われなかったです」

ーーその壁はどれくらいの大きさだったんですか?

「2面あって、表が高さ1メートル、裏が3メートルくらいですかね。全長1キロくらい。今はchocolate jesusというショップがあるんですけど、昔は壁があって、その後ろは海だったんですよ」

ーーめちゃくちゃデカい壁だったんですね(笑)。じゃあ、そこが交流の場所というか。知り合いが増える場所でもあったんじゃないですか

「そうですね。内地から来たライターを待っていたこともありますし、誰かが来たら、一緒に誰かを待ったり」

ーー内地のライターで影響を受けた人はいますか?

「東京の先輩、DOPESACからはけっこう影響を受けています。自由に絵を描く楽しさを習ったと思いますし、今も学びになっています」

ーーでは、TORUさんがタトゥーに興味を持つようになったのは、どういうきっかけがあったんでしょう?

「東京にいるグラフィティーの先輩がタトゥーをやっていて、それを目の当たりにした時に衝撃を受けたんです。あと、那覇に同い年の彫師がいたんですけど、そいつの仕事を見て興味が出たという感じです。自分の性格を考えると、会社勤めは絶対に無理だし、好きな絵を仕事にすることができればいいなと考えた時にタトゥーが身近にあったんです」

ーータトゥーのスタイルで影響を受けた彫師はいますか?

「古い和彫りのデザインが好きですね。彫金さんや三代目彫よしさん、海外だとFilip Leuさんのタトゥーが好きです」



子供のようなワクワク感が蘇ったボム

ーー今ではスローアップを描く機会も少なくなり、タグを続けている状況だと思うのですが、TORUさんにとってグラフィティーの活動はどんなものですか?どのようにパッションをキープしていますか?

「こう、リーガルやデザインをやっていた時期にちょっと苦しくなった時期があったんですね。タグをTORUに変えたタイミングでもあって、タトゥーにいった時に、自分のグラフィティー活動をボムに絞ったんですよ。そしたら気持ちが楽になって、16歳の時、初めてスプレーを持った時の高揚感が戻ってきた感覚になったんです。めっちゃ楽しいって。それが今もキープされていて、なんか恥ずかしいんですけど、童心に帰ったような気持ちでやっています」

ーータグを変えた時に、気分が一気に切り替わったような感覚があったんですか?

「そうですね。TORUに変えた時、仲間にも言わなかったんですよ」

ーーじゃあ、自分の知り合いから、『最近、TORUっていうのがいるよね』みたいなことを言われたんじゃないですか?

「そう、誰なのか知られていないという状況はグラフィティーを始めた時の感覚と同じなので、また楽しくなってきたんだと思います。それがキープされている状態です。この感覚がなくなったら、多分グラフィティーを辞めるんだと思います」

ーーでは、この3〜4年がしっかりとスローアップを打てていた時期になるんですね

「そうなりますね。スローになったり頻度が増えたり、時々に応じてって感じです」

ーー集中していた時期はどれくらいの頻度で描いていたんですか?

「毎日行っていました。その撮影してくれていたカメラマンも、真夏でも『今日も行くでしょ』って(笑)。1回寝て夜中集合。2時から4時までが自分の中の大丈夫な時間でした」



今の沖縄のシーンはライター人口も増え見ていて楽しい

ーー今現在、TORUさんが所属しているクルーの名前を教えてもらえますか?

「MUR、CGR、RSKですね。MURは東京のクルーです。RSKは神奈川のBASKやKRESSがやっています」

ーー沖縄ではなく、東京や神奈川のクルーを一緒にやることになったのはどういう流れがあるんですか?

「MURは、クルーのボスが沖縄に滞在している時期があって、知り合ってから数年後に加入させてもらいました。RSKは水戸で開催されたグラフィティーのイベントでBASKだったり同世代のライターと知り合って何日か過ごしたんですけど、帰りにクルーを作ったからやろうって誘ってくれたんです。めっちゃ嬉しかったです。この間も10年ぶりにOVERDOSEから連絡が来て、沖縄に行くから描こうよって。それでピースを描きました」

ーーそれ超やばいですね!クルーのメンバーはBASKさん、KRESSさんと、あとは誰ですか?

「あとは沖縄のBEAVERとROTOで5人になりますかね、今は」

ーーそうなると約25年以上に渡って活動してきたことになると思うんですけど、今の沖縄グラフィティーシーンを見て、どんなことを思いますか?

「見ていて楽しいですね。やり過ぎちゃう子もいますけど、それも自分の問題ですし、個人的にはもっとやれって感じで見ています」

ーー描く人も増えていますか?

「増えていますね、もう名前を覚えきれないくらい(笑)」



楽しいものであればリーガルでも描きたい

ーーリーガルやデザインをやっていた時期というのは、企業からの仕事をやっていたんですか?それがタグを変えることに繋がってくると思うのですが

「そうですね。グラフィティーのことがわからない人からの依頼だったりしたので、言われた通りにキャラクターや文字を描いて、という感じでした。だから面白くなくなったんだと思います」

ーー逆に今だからこそ興味を持てたリーガルの活動やジャンルはありますか?

「SAKUがそういうことをやっていて、去年誘ってもらった時に本当に10年ぶりくらいに人と一緒に描いたんです。TORUとしてボムするようになってからピースはもうやっていなかったんですよ。それがSAKUと一緒にやることで面白さを思い出したというか。だから、リーガルであっても楽しいものなんだったら、やりたいなと今は思えるようになりましたね。今回の件も、『船を発見したけど描きますか』って連絡をもらって、純粋に描きたいと思って。それで詳しく話を聞いたらBlackEyePatchだということでちょっと考えたんです。そこまで俺に応えることができるのかなって」

ーーはい

「だけど、絵をイメージした時に、DOPESACの自由に絵を描く楽しさが想起されて、これでぶつければいいのかもって気持ちになったんです」

ーーじゃあ、ちょうどそういうタイミングでオファーさせてもらったことになるんですね。今のお話だと、リーガルの活動と言っても、壁に描くというイメージで、いわゆる案件としてやっていくっていうのとはちょっと違う感じですか?

「絵でもいいんですけど、それが楽しかったらやりたいです」

ーーTORUさんのスタジオにはキャンバス作品も飾ってあったじゃないですか。あれは世間には公開しないんですか?

「そうですね、今は全然やっていないです。キャンバスは楽しくてやっている感じです」

ーーファッションブランドとコラボレーションしたり、キャンバス作品を展示したりすることも行ってこられなかったと思うんですけど、そこには何かこだわりがあったりしますか?

「外で自由にやるグラフィティーが楽しくなっちゃって、その時は全然興味がなかったので考えもしなかったんですよね。1つのことしかできないというか(笑)。ボムが楽しかったらそれで、という感じだったんです」



楽しく絵を描くということが大切

ーー意図的に展示やコラボを行わないというわけではなく、タトゥーやボムなど1つ1つの物事に集中していった結果、ということなんですね。では、今後やっていきたいことやチャレンジしたいこと、表現したいものは何ですか?

「大きな壁画をやりたいと思っています。BASKと大きな壁に何日か通って描いたんですけど、それが楽しかったんですよ。リーガルでもイリーガルでも、どちらでも構わないので大きな絵を描きたいと考えています」

ーーお話を聞いていて、TORUさんのグラフィティーに対する美学に興味を持ちました。人によって様々なスタイルがあると思うのですが、TORUさんにとっては描くという行為そのものが重要なんじゃないかと思ったのですが、そこに対してどんなことを考えていますか?

「あまり深く考えているわけではないのですが、ワクワクするかどうかというところだと思いますね。大きな壁もそうなんですけど、廃墟だとか、古くて朽ちているものが好きで見たら描きたくなるんですよ」

ーーじゃあ、今回のような船に描くというのはーー

「うん、楽しかったです。でも、言われて気づきました。自分は描きたいだけなんだなって(笑)」

ーーインタビューされて気づくことってありますよね。TORUさんは面白そうなものに興味を持って、楽しければ描く方なんじゃないか、という印象を強く受けました。今はタトゥーの方にウェイトを置いて活動されてらっしゃると思うんですけど、これからのことを考えると、またグラフィティーに対する熱が高くなってきている時期でもあるんですね

「はい、そうです」

ーーそんなTORUさんの今後の活動をすごく楽しみにしています。今日はありがとうございました

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