A Lifetime in LA:
Jesse Spears インタビュー

先日BlackEyePatchとしてリリースしたzine『stacks Issue 01』では、自らのアートピースをシニカルなメッセージと組み合わせた、 ミーム(注:インターネット上で流行っているような、ネタ画像のようなもの)的な作品を提供していたアーティストのJesse Spears。
ローライダーや車のホイールに炎など、それらをモチーフとし、コラージュやペインティングなど様々な手法を用いた作品やミューラルを数多く手掛けている彼女。
どの手法を用いて作られたとしても、その作品たちから共通して漂う、際立ったユニークなスタイルはどのようなバックボーンから生み出されているのだろうか。

text: maruro yamashita

ー先ずは自己紹介をお願いします。

「私の名前はJesse Spears。カリフォルニアのパサデナ出身よ」

ーパサデナはどういう街なんですか?

「LAにとって最初の郊外にあたる街ね。とても美しい街で、エンジェルス国立森林公園のふもとの小さな丘に位置しているの。 沢山の古い樹木、美しいスパニッシュの職人たち、ミッドセンチュリー期の建物。人種や経済的な多様性もとても豊かで、パサデナ出身でとてもラッキーだと思うわ」

ー今現在はどこに住んでいるんですか?

「今はパサデナでお父さんの家に住んでいるの。本当に素晴らしい食べ物があって、アメリカの住宅地っていうエリアなの。 私のお父さんの家は、それ自体がアートピースみたいな家で、自分の作品を作ろうとする時には、ちょっと圧倒されちゃうこともあるの。 でも、溢れるほどのアートに囲まれて暮らすっていうのは、基本的にはとても楽しいわ。お父さんのInstagramは @shrineon よ。もし良かったらチェックしてみて。最高だから」

ーアート作品を作るようになったのはいつですか?また、何が切っ掛けになったのでしょうか?

「両親が二人ともアーティストだから、私はアートにドップリ浸かりながら育ったの。 彼らは二人ともミューラルのような大きなサイズのアートを作っているから、大きなサイズの作品の製作っていのは私にとってもとても慣れ親しんだものなの。 だから、私にとって、壁にペインティングしたり、大きなスケールの作品のペインティングをすること以上に好きなことは無いわ」

ーあなたはコラージュやペインティング、時にはそれらがミックスされていたりと、様々な手法で作品を製作しますよね。あなたにとってはどの手法が基本というか、ベースになっているものなんですか?

「私の手法というのは、どんな手段を用いるにせよ、どうやって自分なりに使うかを見つけ出すことなの。 BlackEyePatchの『stacks Issue 01』に提供した作品だったら、あの時は限られた製作ツールしか無かったから、スクラップブックみたいなものを作るAppをダウンロードして作品を作ってみたの。 勿論、それまでに使ったことは無かったわ。私はその瞬間にアクセスすることが出来る物を使うだけなの」

ーあなたの子供の頃の話を聞かせてください。どんなことに興味を持っていたんですか?

「私は常に何か作品を作っているような子供だったわ。けど、同時に、私自身の人生における哲学を育んだり、より大きなビジョンや生まれ持った人生観なんかについてもじっくりと考えていたの。 小学校二年生の時に、宗教や学校というものが実際は何の為にあるのかということを、急に理解したことを覚えているわ。学校も宗教も嫌いだった。 皆が自分たちの両親の宗教をそのまま信じるというのも凄い変な感じがするし。けど、私の両親はアーティストで、私も結局アーティストになってるっていうことは、 結局私たちは誰もが自分たちの出自から逃げられないのかって思うと、なんだかそれも変な感じ。 もし私の両親がレースドライバーだったとしたら、きっと私もレースドライバーになって、アートなんて退屈でくだらないことだと思っていたと思っていたはずよ。 高速道路でスピードを出して運転する感覚に勝るものはないって考ていたかも」

ーもう少し成長してからはどんなカルチャーに興味を持っていましたか?

「中学校や高校に通っていた頃は、スケートボードやパンクにのめり込んでいたの。 決して上手いスケーターじゃなかったけど、いつもスケーターの友達とハングアウトして、出来る限り地元で行われていたパンクのライブに行ってたわ」

ーでは、今現在はどんなカルチャーに興味を持っていますか?

「今は特定のカルチャーに興味は無いの。沢山の異なるカルチャーのいずれにも完全に属さずに、より多くのアウトサイダーとして生きているっていう感じかしら」

ー作品を見ると、あなたはローライダーカルチャーに思い入れがある様に見えますが、いかがですか?

「実はローライダーのカルチャー全てを好きな訳じゃないの。ただ車が好きなだけで。 これはこれまでに決して説明したことはなかったんだけど、私のローライダーのシリーズはある種のファンアート的なシリーズというだけでなく、実際の車自体に目向けて、強調したものなの。 1993年から2014年までのローライダーのカルチャーにまつわる全てに関してざっと見たときに、私が最も引っかかるのは、その中でどのように女性が扱われているかということや、どのようにその光景の中で存在するのを許されているか、ということなの。 家族連れも来る様なイベントでも水着コンテストが行われたりするけど、それは結局はポルノスターやストリッパーが極端に小さな、公共の場には相応しくない様な水着を着て出て来る様なものになるし、 どの車カルチャーにおいても、女性は洋服を脱いで車の前に立たない限り、受け入れられることはないの。90年代後半からはより露骨になって来て、本当に私にとっては不快。 私のコラージュ作品には、半裸の女性は決して登場しないの。彼女たちによってその場の光景が台無しになるし、若い女の子たちにとっても自分自身の価値を誤った意味で捉えてしまうことになると思うわ。 ゲンナリするし、車自体をああいうくだらない物から切り離したいの」

ーあなたのコラージュとペインティングはいずれもとても素晴らしいし、あなた自身のスタイルを作り上げていると思います。アーティストとしてのあなたに、助言を与えてくれる様な人はいるのでしょうか?

「ありがとう。私はいつでも、何をやるにしても自分自身で、自分自身のアートとしてやりたいの。 私のことを励ましてくれる人はいるけど、昔ながらの意味での指導者的な存在がいるかどうかは分からないわ。 アーティストの友達も、私のことをサポートしてくれる人たちもいるし、アートや人生について素晴らしい会話をしたりはするけど、本当の意味での指導者はいないかな」

ーそれでは、これまでに影響を受けた人はいますか?

「私の家族たちね、私のママがディズニーストアやディズニーランドのセットや背景を描いているのを見ていたから、成長した私はどうやってアウトラインを描けば良いのか学びたくなったの。 ママが描いたキャラクターのアウトラインは完璧で、色の調和も完璧だったし、本当にイケてたの。彼女みたいになりたかったわ。
パパは最初は利益のないミューラルのプロジェクトを手掛ける所からスタートしたの。学校や、学生たちの通学路になってる様なガード下にミューラルを描いていたわ。 そのミューラルは地元のコミュニティの人たちにとても活気を与えるものだったの。パパは私が5歳の頃にママと離婚して、私と兄、二人の子供を持つシングルファザーになったの。 そのことはとても私の心に大きなショックを与えたわ。パパはLAでフリーランスのアーティストとして私たちを育てながらサバイブして来たし、今でもアーティストとして活動しているの。
お兄ちゃんは子供の頃からvideoを自分で撮ったりしていたわ。とても面白くて、涙が出るくらい笑った。サウンドエフェクトの技術を学んでは、とても効果的にビデオに取り入れたりして、本当に面白かったの。 彼のユーモアとスキルにいつも私はインスピレーションを受けているわ。
私の弟と妹は私と17歳、18歳も年齢が離れているの。彼らが5、6歳の頃、彼らは私のmyspaceのページを印刷した、最後には何らかの理由で”そしてみんな死んでしまいました”っていう形で終わるお話をいつも私に読み聞かせようとしていたの(笑)。 とてもおかしかった(笑)。私は私の家族たちが与えてくれるインスピレーションに対して素直に取り組み、表現し続けていこうと思うの。
私はLAの市民として4世代目で、ママとパパは3世代目。この街はとても私にインスピレーションをくれるし、クリエイティブな歴史が根深く根付いているわ。 もうじき私のwebサイトに私の家族のセクションを設けるつもりよ。この質問をしてくれてありがとう」

ー“MAKING THE LIGHT”というのは、あなたが過去に行った個展ですよね? この個展はどの様なものだったんですか?

「ありがとう。その当時、LAで個展をやりたいと思っていたの。当時のペインティング作品を飾って、壁に炎のペインティングを施してっていうスタイルでね。 DEM PASSWORDSは私のフェイバリットギャラリーだったから、個展をやらせて貰えないかって訪ねてみたの。LAのアートの世界でもっともフレッシュな空気を伝えてくれる場所で、USでもベストだと思うわ」

ーでは、あなたのこれまでに手がけた作品について話を聞かせてください。印象に残っているものはありますか?

「私の昔の車ね。毎日寂しく思うわ。2001 Ford Focus Wagonなんだけど、自分でペイントを何度もして、何百回も地獄までドライブしては戻って来た様な車だったの。 内装も最高だったし、乗り心地も好みだったし、サウンドシステムも最高だった。車自体が私の手掛けた作品ていう感じだったわ。 あとは、LAのダウンタウンにある、幅広い年齢層が音楽を楽しめるSmellというエリアに描いたミューラルも印象に残ってる。 そこでは沢山のミューラルを描いたけど、とても大きなピンク色の宵の明星がスパイク付きのボールみたいになっていて、沢山の札とチェーンが付いたデザインだったの。とてもクールだったわ。この先も上からオーバーされないことを願っているの」

ー最近興味のあることはなんですか?

「携帯電話中毒から逃れること。ちょうど新しい本を作り終わったところだから、携帯電話に使う時間を大幅にセーブ出来るはずなの。 概してテクノロジーを持つことは何かを支配しているような気になるけど、今では逆に支配されているような気になるわ」

ーでは最後に、今取り組んでいるプロジェクトなどについて教えてください。

「今はDero Arcadeからリリースされる『L.A. LAWNS』というミームブックの製作をしているわ。そして、同じくDero Arcadeから初のアートブックもリリースする予定で、その製作にも取り掛かっているの」

「ヴェニスビーチ沿いの遊歩道にある、Big Daddy Pizzaの壁も描いたばかりなんだけど、子供の頃の夢だったから、まさか自分が描けるなんてって感じなの。 あとは、友達と一緒に展示をやる予定もあるけど、まだ話すには早過ぎるかな。これからも良いものを作り続けたいと思っているわ」

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